ブリュッセルの街

こんにちは。

昨日から出張でベルギー・ブリュッセルに来ています。

前回国際線に乗ったのが、留学に行く前だったこともあり
またしばらく家族に会えない気がして、
寂しく思ったり。今回はすぐに帰れるんだけど笑

24時間過ごしたブリュッセルでの気づきを忘れないように書いておく。
ちなみに、ニュージーランドと比較してみます。

まず空からの景色は、緑豊かで、ザ・ヨーロッパと思えるカラフルな石造りの家が可愛い。

・wifiはどこにでもあるわけではなく、今の所空港(会員登録が必要)
ホテル(バッチリ)、飲食店など。

・まだまだ現金文化が残っていて、クレジットカード使えない場所が多い。
ニュージーランドは、現金の絵柄も覚えられないほどみんなカードだったので、ちょっとびっくり。
(というかデビットカード)

・電車やバスは、ポーランドやイギリスの街並みと似ている。

・英語はほぼほぼどこでも使えるので、フランス語もドイツ語もわからなくても
不自由はしない。(ニュースもメインはBBCらしい。)
ただし、聞こえてくる雑談は全く理解できない。

・アジア人が全然いない!
ほんとにいない!
これは、オークランドであちらこちらに中国人がいたことからするとすごく違う!

こんな所です。
Have a nice day:)

死ぬまでにやってみたい仕事10選

昔、重松清の本をよく読んでいて、
ある時彼がなにかのインタビューに答えていたことがあります。

彼は小説を書く時、人生の分岐点を思い返し、
「もし今とは違う選択肢を選んでたらどうなっていただろう、とそこから物語を書く」と。

この話を私は今でも頻繁に思い返します。

その話を思い返しながら私が「もし私がこの職業だったらなにをしようか〜」と考えたのが以下の10つの
仕事です。

ここから7つほど職業を書いたところで全て消えたので、書き直し(泣)トホホ

1)医者
血、見れないし命の危機!とか言われたらパニックになってしまいそうなのでなれないけど、
やっぱり人の命を救えるってかっこいい!
海外ドラマ、グレイズアナトミーの影響も確実に受けております。

2)宇宙飛行士
これもまた映画[Martian]の影響
未知のせかいってところがまた魅力です。

3)研究者
私は、いろんなことをたくさんやりたい派なので、なっていないけど
新しい発見によって多くの人が困っている病気が治ったりするのは
社会的意義あるよな〜と思う。

先日も80歳かなにかで賞を受けていた人がいたが、生涯現役ってかっこいい!と思う。

4)エンジニア・技術系
車が動くのも、家電が動くのもこのエンジニアあってこそ。
どうなっているのかさっぱりわからないけど、
エンジニアの方が生みだしたものは数知れず。
すばらしい仕事です。
オムロンの本を読んで感銘を受けました。

5)美術館員
SATCのシャーロットがこの職業
日本を出るまで「お金持ちの仕事だな〜」くらいにしか思ってなかったけど、
ニュージーランドですばらしい展示をみて、いい職業だなと思うようになった。
日本の美術館も、人ベースではなく、テーマベースの展示をもっと増やして欲しい。
ヨーロッパの絵とインド、アジアの絵が一つのテーマで揃えられているのは
みていてとても面白くなんども足を運んでしまった。

6)イラストレーター
今、会社でイラストレーターの方と一緒にはたらいていて、
イメージをそのまま見えるように描いているのを見ると羨ましいな〜と思う!

7)政治家
ここのところの選挙戦を見ていて、やっぱり政治家にならないと日本のおかしいところ変えられないのか?!
と思ったので。
ちなみに私が政治家になったら、政治献金問題は起こさないですよ。

8)声優
昔、声を使った仕事をしたいな〜と思った時期があった。
自分の顔が出ないのにここまでキャラクターを演出できるってすごい。
海外映画の吹き替えとかやってみたいな〜

あと、2つ!!

9)美容師
美容師が発展途上国に行き子どもたちのヘアカットをしてあげている
という話を聞いてめちゃめちゃ意義のある貢献の仕方だな!
と思ったことがある。
自分の頭でさえ、どうなっているかわからないのに、いつも素敵にしてくれる彼らは
尊敬〜

10)建築家
祖父が大工だったからか、テレビ匠の影響か
工夫一つで家が見違えるようになったり
祖父で言えばすごく綺麗な家具を作っていたのを覚えていて
すごいな〜と思った。
小学生の時、夏休みの工作をちょっと手伝ってもらったら
表彰されるほど立派になってしまったこともある(笑)

世の中には本当に魅力的な仕事が多いですね!!!

私は今の教育者という立場もとっても好きです。

これからでもなれるものあるかな?

see u soon,
Marika

音声入力が流行っているのでやってみた〜MYサードプレイス〜

音声入力で今日は記事を書きます。

サードプレイスと言う言葉がよく聞かれるようになりましたが最近、また私にとってのサードプレイスが生まれました。
1つ目はワールドピースゲーム

2つ目は教育系企業

そしてその3つ目というのが、これからのグローバルを考えるグループです。

最近、ワールドピースゲームでも体験版を制作するプロジェクトが立ち上がったのですが、
これが何だか面白いことになりそうで、しばらく月に1度ほどあつまることになりそうです。

1つ目と2つ目はほぼ毎日何らかの形で仕事をしているのですが、
こことは異なるメンバーで月に1度ほど集まれるのはとても良いなぁと感じています。

1つ目2つ目に比べて普段は違うことをしている人と集まれるし月に1度と決まっていると参加度合いも高くなります。
要はそれなりにみんなやる気があって集まると言うことです。

その見つめというのも、グローバルと言う切り口では私に近いのですがそこにいるメンバーが、
これまた面白くエンジニアだったりポルトガル語を話す人だったり、ロボット持って四国に行く人だったり、
今までの私のファーストセカンドプレイスとは全く違う人種なのです。
最初は自分がこのプロジェクトにどう関わるのかわからなかったのですがこれもなんだか月1回定期的に集まることになりそうでそのために準備をしたり発表したりただのお茶や食事とは違う「何かを生み出す場)に変わったことでいっそう私の中でモチベーションが高まりました。

ワールドピースゲームのプロジェクトを含めるとグローバルの会話フォースプレスと言う事にありますね。働き方も1つではない時代ですので、いろんなところにMYプロジェクトを持っている人生がこれからはやっていくのかなあーなんて思っています。

以上音声入力でした。

入力後記:
最近このグローバルの会界隈で音声入力が流行っています。ということで私もやってみたのですがやはり慣れるまで人前でやるのは恥ずかしそうです。私の場合音声入力にすると何故か全て敬語になります。もう一つは滑舌のトレーニングになるのではないかなぁと言うことも感じています。なかなかラジオがら行が正確に伝わりません(汗)

「自分の人生を生きているか」

最近、これからの世界をどう捉えるかという勉強会に参加してきた。

戦国世界には、強い武士が良しとされ

その後は、バブル期で働く者が良しとされた

その後の時代に今向かっているとすれば

「良し」とされるのはどんな人なのか。

もはや会社のためにーと頑張るのも違うだろうし、

安ければいい、という爆買いという物質主義とも違う。

ーじゃあ今どう生きていくのか。

これが大きな問題だ。

どうやら、誰からよいというからよいという価値観自体が崩壊しつつあるようにも思える。

だとしたら、どう生きるかというのは、もはや自分でしか決められない。

今働いている会社には、「仕事っていくつもの会社で働くのが当たり前だと思っていた」という超かっこいい人がいる。

私は、いろんなきっかけがあって、
留学に行ってみたり、プロジェクト立ち上げに専念したり、
今もプロジェクトと会社員という、働き方をしているけど、

数年前の私に”こういう働き方していますよ”と言っても、あまり真剣に聞いてなかったんだろうな〜。

この勉強会でわかったことは、私が今いるこの働き方とか生きる上での価値観って
結構イケてるんじゃないかな、という自画自賛

「私の人生だから、どう生きるか」を日々考えて生きられていることがに
自信がついた感じ。

これで良かったんだ、って。

今までは、◯年後にはこんな感じという”目標”を決めてそのためにいきていたけど、
どちらかというと今は、大まかなビジョンは持ちつつも、その瞬間に最高なパフォーマンスを
出す、ことがしっくりきているかも。

こんな風に365日を過ごし、

来年の今日は、もっともっと社会に前のめりにいきていたい。

時間の使い方が上手い人は誰か。

博物館や美術館に行くと、

“これ何時間かかったのよ!”という編み物
絨毯、洋服を目にすることがあります。

18世紀とか19世紀

そして、こんなことになんでこんなに時間使えたのかなって考えると、単純に時間があったからもしくは今のように娯楽がなかったから。

これを単純に「暇だったんでしょう」で
終わらせていいものか。

この時代の人たちが使っていたこの濃ゆい時間と
同質のことが出来てるのか

と自分に問いたい。

スクリーンを見てる時間の長さがとてつもなく長いけど、

心は充実してるの?

勝ち組、負け組論が少し前流行ってましたが、

実は現代においても、あの時代と同じような時間の使い方ができている人が勝ち組なんじゃないのかなと思うわけです。
なぜかっていうと、自分と対峙の時間だった気がしているから。

テレビは本は、情報をくれるけど、
編み物や縫い物って言ってしまえば単調作業

だからきっと考えてたはずなんですよね。

明日のごはんなにしよう〜っていうレベルのことかもしれないけど、
この世の中はどうなるのかとか
私は何がしたいのかとか。

考える力がない現代人!と叫ばれていますが、
こういう自己対峙の時間が圧倒的に少なっているから
そうなってしまうんでしょう。必然です。

empty space が大事ってことのリフレクションですね。

これ、最近自分の中ですごく納得した考え方なんです。

うん

今学びたいことは何ですか?

ここ最近、学びについて考えることが多く、
色んな人と色んな事を話しながら、
じゃあ一体自分は学んでるのかと考えます。

必然的に何を学びたいか考えることになるわけですが、
今圧倒的に、質問力が欲しいなと思って日々もがいています。

質問の結果、相手のいろんなことがわかるということがものすごい価値のあることだなーと思って。

あの質問でめっちゃ思考進んだな
と、質問されたことに感謝するのみなんですが。

今迄はどちらかという伝え方に目線が行くことが多かったのですが、今は聞くことで得られるものにものすごい価値を感じております。

今週もほんとに楽しい毎日でした。

よい週末をー!

2016-4-25 自然に帰る。

年に一度、

自然に帰りたい

ネットもSNSも繋がらないところにいきたい。

そんな衝動に駆られる。

普段の生活だって、携帯もネットもがなくても生きれることはわかっているんだけど、
あるとなんとなく使ってしまう。
人間って弱い生き物だな〜というのを身をもって体感する瞬間。

この、携帯の使えない数日を過ごすことで、
「生きているという実感」を取り戻せる気がする。
ほとんどおまじないみたいなものなんだけど。

携帯に限らず、
なに不自由のない生活をちょっとだけ絶ってみると、
いつもとは違う感覚が磨かれる感じがあって、
きっとこの感覚って大事だな、と思うんだよな〜

深く考えられなくなったり、なんか生き急いでるな〜自分
と思う時は、このゼロに戻る感じが大事。

3日間のキャンプ。
これが私のここ数年のGWの過ごし方。
森の中のキャンプ場=私にとってのパワースポット

価値観が変わる時

何かに夢中になってしばらく走り続けているとき、
ふと落ち着いて、そこまでの日々を振り返ると、

捨てれないものが捨てられるようになっていたり、

妙にこだわっていたことがどうでもよくなっていたり、

あれ、これで「悲しい」「辛い」って思ってたのに、(今はそう思わない)

と、確実に自分が変わっているのを感じる瞬間がある。
そんな瞬間が、ついこの前あって、

12月に帰国して、ワールドピースゲームを実施するために走り抜け、
とっても濃い5日間を過ごし、4月から会社員としてのキャリアを進みはじめた。

これがこれでとっても面白く、
新しい人を知っていくこと、
自分がやったことない仕事に挑戦すること、
周りの人の仕事ぶりをみながら、素直にこの人すごいな〜と思うこと、
日々感じることが多くゆっくり振り返る暇もなかったな、と。

いわゆる通勤電車の中で、
写真を見返して過去の出来事に(いい意味で)縛られなくなっている自分
こうなりたいっていう自分のイメージが言語化できた瞬間

まだまだ、人って変わっていくんだな〜人生ってやっぱり面白いな〜としみじみ思うのでした。

私がなりたいって思っている姿は、

社会にインパクトを与えられる人(個人)!

数年前は、私に会えてよかったと思ってもらえる人になる!っていうのがテーマだったんだけど、

会えてよかったという受身ではなく、
社会を変えていくっていう、積極的な姿勢になったんや!と自分でも驚いていて。

驚いているけど、とてもしっくりきているのです。

うん。

頑張ろう。

私的解釈)囲碁と絵画は似ていると思う。

突然、文章の神が舞い降りた今日は3個目の更新。

じっくり内省したり、考えたりする時間も大切ですよね。

タイトルの「囲碁と絵画」のつながりについて、

先月宮崎の美術館で、この作品を見て思ったことなのですが、

瑛九 つばさ

この作品って、つばさのリアルさとか美しさが描かれているわけではないんですよね、

読み解くことが必要というか。
私も初めて見た時、「どこがつばさなんだ?!」と思ったんです。
きっと角度を変えれば見ればいいのかな、と斜めから見てみたり、

上の方にある点に注目すれば、確かに、つばさって見える気もするな、とか。

作者の方にも、作品の意図ってあったと思うのですが、
それをどう解釈するのかという絶対の正解はなく、受け手が素敵だと思って心動かされたなら、
それでいい。

この感じってすごく囲碁っぽい。

囲碁も、一手目打つ時って、「右端を陣地にしたいな」って思ったのに、
しばらくして盤面みると、「いや左の方が広そうかな」とか。
いろいろ考えて打って、終局したら、それはそれで、なんか最初思ってたのと違う盤面だな。とか。

どんな大きな絵画も一筆の積み重ねで完成しているように、
囲碁も一手の積み重ねが、盤面になるんだと思うのです。

そんなところが、私は絵画も囲碁も好きな理由かもしれないと思ったのでした。

追記:こういう考え方って日本人ぽいのでしょうか?
最近、囲碁の魅力を英語で伝えるというイベントを主催しております。
よかったらこちらもどうぞ。KIDO Shibuya

帰国後、私の日常。〜かっこいい大人〜

こんにちは。

2日間、春一番が吹き、「こんな風に暖かくなるんだな」と感じる週末でした。
日本のこの季節感ってやっぱり大好きです。

ニュージーランドから、帰って来た私は
「ワールドピースゲーム」を実施する活動を行っています。

ワールドピースゲームをやる!と決めてから、いろいろな分野、お仕事をされている方とお会いする機会があり、
ちょっと安直ですが、「大人になるって楽しいな」なんて感じています。
それぞれが専門や得意を持っているから、「協力」ができる。

学生の時にも国際交流団体の活動していたのですが、その時は、
やりたいことがあって、人が集まるけど、みんなわからないことばかりだったので
正直、暗中模索もいいところだった気もします。(それはそれで夢中で楽しかったのですが)

今、昔の自分や学生で進路を悩んでいる人がいたら、好きなことを思いっきりやろう
ということと、「プロフェッショナル」になろう、というアドバイスをするかな、なんて。

「自分、こういうこと得意です」
って自信をもって言える大人ってかっこいいと思います。